飯島国際商標特許事務所
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【国内実務紹介】応用美術と著作権

2015-10-05

1 応用美術と著作権

応用美術品は、実用に供され、あるいは産業上の利用を目的とする表現物をいいます。例えば、椅子等の家具は、応用美術の範疇に属すると整理されてきました。

応用美術品については、従前の裁判例で、意匠法とのバランス等を理由に、著作権成立には高いハードルを設けてきました。応用美術品は、多くの場合では、意匠法の下で、意匠登録出願をし、意匠登録を受け、意匠権により保護を受けるというのが筋であり、無方式で発生する著作権の保護を与えることは行き過ぎではないか、という問題意識があります。

このような中で、「TRIPP TRAPP」事件判決が話題になっていますので、紹介いたします。

 

2 「TRIPP TRAPP」事件地裁判決(東京地裁平成25(ワ)8040号同26年4月17日) 

東京地裁は、「原告製品は工業的に大量に生産され、幼児用の椅子として実用に供されるものであるから(弁論の全趣旨)、そのデザインはいわゆる応用美術の範囲に属するものである。そうすると、原告製品のデザインが思想又は感情を創作的に表現した著作物(著作権法2条1項1号)に当たるといえるためには、著作権法による保護と意匠法による保護との適切な調和を図る見地から、実用的な機能を離れて見た場合に、それが美的鑑賞の対象となり得るような美的創作性を備えていることを要すると解するのが相当である。」「原告製品は、証拠(甲1)及び弁論の全趣旨によれば、幼児の成長に合わせて、部材G(座面)及び部材F(足置き台)の固定位置を、左右一対の部材Aの内側に床面と平行に形成された溝で調整することができるように設計された椅子であって、その形態を特徴付ける部材A及び部材Bの形状等の構成(なお、原告製品の形態的特徴については後記2参照)も、このような実用的な機能を離れて見た場合に、美的鑑賞の対象となり得るような美的創作性を備えているとは認め難い。したがって、そのデザインは著作権法の保護を受ける著作物に当たらないと解される。また、応用美術に関し、ベルヌ条約2条7項、7条4項は、著作物としての保護の条件等を同盟国の法令の定めに委ねているから、著作権法の解釈上、上記の解釈以上の保護が同条約により与えられるものではない。」とし、著作物性を否定しました(よって、著作権侵害否定)。

 

3 「TRIPP TRAPP」事件高裁判決(知財高裁平成26(ネ)10063同27年4月14日) 

ところが、知財高裁は、「著作権法は、同法2条1項1号において、著作物の意義につき、『思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの』と規定しており、同法10条1項において、著作物を例示している。控訴人製品は、幼児用椅子であることに鑑みると、その著作物性に関しては、上記例示されたもののうち、同項4号所定の『絵画、版画、彫刻その他の美術の著作物』に該当するか否かが問題になるものと考えられる。この点に関し、同法2条2項は、『美術の著作物』には『美術工芸品を含むものとする。』と規定しており、前述した同法10条1項4号の規定内容に鑑みると、『美術工芸品』は、同号の掲げる『絵画、版画、彫刻』と同様に、主として鑑賞を目的とする工芸品を指すものと解される。しかしながら、控訴人製品は、幼児用椅子であるから、第一義的には、実用に供されることを目的とするものであり、したがって、「美術工芸品」に該当しないことは、明らかといえる。」「そこで、実用品である控訴人製品が、『美術の著作物』として著作権法上保護され得るかが問題となる。この点に関しては、いわゆる応用美術と呼ばれる、実用に供され、あるいは産業上の利用を目的とする表現物(以下、この表現物を『応用美術』という。)が、『美術の著作物』に該当し得るかが問題となるところ、応用美術については、著作権法上、明文の規定が存在しない。しかしながら、著作権法が、『文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もって文化の発展に寄与することを目的と』していること(同法1条)に鑑みると、表現物につき、実用に供されること又は産業上の利用を目的とすることをもって、直ちに著作物性を一律に否定することは、相当ではない。同法2条2項は、『美術の著作物』の例示規定にすぎず、例示に係る『美術工芸品』に該当しない応用美術であっても、同条1項1号所定の著作物性の要件を充たすものについては、『美術の著作物』として、同法上保護されるものと解すべきである。したがって、控訴人製品は、上記著作物性の要件を充たせば、『美術の著作物』として同法上の保護を受けるものといえる。」「著作物性の要件についてみると、ある表現物が『著作物』として著作権法上の保護を受けるためには、『思想又は感情を創作的に表現したもの』であることを要し(同法2条1項1号)、『創作的に表現したもの』といえるためには、当該表現が、厳密な意味で独創性を有することまでは要しないものの、作成者の何らかの個性が発揮されたものでなければならない表現が平凡かつありふれたものである場合、当該表現は、作成者の個性が発揮されたものとはいえず、『創作的』な表現ということはできない。応用美術は、装身具等実用品自体であるもの、家具に施された彫刻等実用品と結合されたもの、染色図案等実用品の模様として利用されることを目的とするものなど様々であり(甲90、甲91、甲93、甲94)、表現態様も多様であるから、応用美術に一律に適用すべきものとして、高い創作性の有無の判断基準を設定することは相当とはいえず、個別具体的に、作成者の個性が発揮されているか否かを検討すべきである。」「控訴人ら主張に係る控訴人製品の形態的特徴は、①『左右一対の部材A』の2本脚であり、かつ、『部材Aの内側』に形成された『溝に沿って部材G(座面)及び部材F(足置き台)』の両方を『はめ込んで固定し』ている点、②『部材A』が、『部材B』前方の斜めに切断された端面でのみ結合されて直接床面に接している点及び両部材が約66度の鋭い角度を成している点において、作成者である控訴人オプスヴィック社代表者の個性が発揮されており、「創作的」な表現というべきである。したがって、控訴人製品は、前記の点において著作物性が認められ、『美術の著作物』に該当する。」「応用美術には様々なものがあり、表現態様も多様であるから、明文の規定なく、応用美術に一律に適用すべきものとして、『美的』という観点からの高い創作性の判断基準を設定することは、相当とはいえない。また、特に、実用品自体が応用美術である場合、当該表現物につき、実用的な機能に係る部分とそれ以外の部分とを分けることは、相当に困難を伴うことが多いものと解されるところ、上記両部分を区別できないものについては、常に著作物性を認めないと考えることは、実用品自体が応用美術であるものの大半について著作物性を否定することにつながる可能性があり、相当とはいえない。加えて、『美的』という概念は、多分に主観的な評価に係るものであり、何をもって『美』ととらえるかについては個人差も大きく、客観的観察をしてもなお一定の共通した認識を形成することが困難な場合が多いから、判断基準になじみにくいものといえる。」「応用美術につき、意匠法によって保護され得ることを根拠として、著作物としての認定を格別厳格にすべき合理的理由は、見出し難いというべきである。かえって、応用美術につき、著作物としての認定を格別厳格にすれば、他の表現物であれば個性の発揮という観点から著作物性を肯定し得るものにつき、著作権法によって保護されないという事態を招くおそれもあり得るものと考えられる。」「応用美術につき、他の表現物と同様に、表現に作成者の何らかの個性が発揮されていれば、創作性があるものとして著作物性を認めても、一般社会における利用、流通に関し、実用目的又は産業上の利用目的の実現を妨げるほどの制約が生じる事態を招くことまでは、考え難い。」とし、著作性を肯定しました(ただし、結論として類否判断の下、著作権侵害否定)。

 

4 まとめ

このように、「TRIPP TRAPP」事件は、著作物性の有無につき、東京地裁判決と知財高裁判決が全く異なる判断であったわけですが、東京地裁判決は、従前の裁判実務で採用されてきた応用美術品の著作権の保護の厳格なハードルを踏まえて判断したのに対して、知財高裁判決は、画一的な判断をするではなく、個別具体的に判断すべきことを示したものです。知財高裁は、従前の裁判例を否定したというものではなく、応用美術品の保護を否定する画一的な判断に警鐘を鳴らすものとも評価できます。

いずれにしても、応用美術品については、意匠権が存在しないか確認するとともに、著作権違反にならないものかを確認する必要性が従前にもまして高まっています。

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