飯島国際商標特許事務所
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【商標等】ティラミスヒーロー事件の解説

2019-01-23

2019121日頃から各報道機関等を通じて話題になっている商標「ティラミスヒーロー」に関して,商標法その他,知的財産権法上,どういった点が問題となっているか,論点はなにかについて,独自の観点から解説します。

 

なお,弊所及び弊所所属弁理士のいずれも,執筆時点において本事件の両当事者とは何らの利害関係・委任関係もなく,かつ,執筆の基礎とした事実関係は,執筆時点における各種報道及び特許庁データベース等の公開情報に基づいていることにご留意ください。

 

【経緯・当事者】

 

本事件は,当事者が国内外4者ですので,最初に,以下のとおり経緯とともに整理します。

 

2012年にシンガポールで創業したHero Holdings Pte Ltd(以下「H社」といいます。)は,ティラミス専門店「The Tiramisu Hero」の商標のもと,事業を開始しました。2013年に日本にも出店を開始しました。日本法人として,株式会社ティラミスヒーロー(以下「T社」といいます。)を設立しました。2014年には,百貨店各店やJR各社での販売を開始しました(以上,T社ウェブサイトを参照)。

 

一方,特許庁の公開データベースによれば,株式会社gram(以下「G社といいます。」)は,201762日にカタカナ商標「ティラミスヒーロー」について商標登録出願を行い,同年128日に図案化されたロゴ商標「THE TIRAMISU HERO」の商標登録出願を行いました。このロゴ商標は,商標登録第6073226号にて,登録になっていますが,前記カタカナ商標は,一部,依然として審査中のままとなっています。

 

G社の出願したこれらの商標に関する事業は,株式会社HERO’S(以下「S」社といいます。)が運営(G社とS社は,代表者が共通していると報じられています。)しており,G社のウェブサイトには,2019118日付で「ティラミス専門店「HERO’S」初出店記念イベントが各新聞社媒体に掲載されました。」と題した記事などが掲載されています。

 

これとほぼ同時期にあたる2019117日付で,T社は,T社ウェブサイトにて,「2012年にシンガポールでつくった私達のオリジナルの「ブランドロゴ」がコピーされ、只今日本で使用できなくなってしまいました。」との記事を公開し,各種報道機関に取り上げられるようになりました。

 

これを受けて2019122日付で,S社は,ロゴ商標(商標登録第6073226号)の商標権者ではありませんが(商標権者はG社),当該ロゴ商標についての「使用権」をT社に譲り渡す旨の発表を行いました。

 

【論点】

今回,問題となっているこの事件には,法的にはいくつか論点があります。

具体的には,商標法上のもの,著作権法上のもの,不正競争防止法上のものの3点があり以下具体的に解説していきます。

 

1.商標法上の論点

①なぜG社がしたロゴ商標について商標登録を受けることができたのか。

商標法は,先に出願をした者が商標登録を受けることができる「先願主義」を採っています。誰よりも先にG社がロゴ商標「THE TIRAMISU HERO」商標登録出願をしたため,商標登録となりました。

ただし,商標法には,商標登録に対して第三者が不服を申し立てる「異議申立」という手続が設けられており,この商標登録に対しては,20181017日付で異議申立がなされています(詳細は後述)。

 

②なぜG社がしたカタカナ商標はまだ審査中なのか。

特許庁の公開情報によれば,前述のロゴ商標より先に出願をしたカタカナ商標「ティラミスヒーロー」は,審査の結果,他人の登録商標と類似するとの理由で,一度登録を拒絶されています。

その後,G社は,拒絶された部分を別の出願に分割し,登録を認められた部分だけ先に登録に導きました。登録を認められた部分は,商標登録第6031954号です。

分割した部分は,第30類「ティラミス」や第35類「飲食料品の小売等役務」であり,ティラミスの製造・販売には欠かせない範囲ですが,やはり拒絶され,現在審査中のステータスになっています。

 

H社又はT社が商標登録出願すればよいのではないのか。

H社は,201810月に商標登録出願を行っていますが,前述のとおり商標登録は早い者勝ちの先願主義ですので,先にG社の出願・登録(及びG社の出願の障害になっている他人の登録商標)があるため,現在の状態では登録を受けることはできません。

H社が登録を受けるためには,G社の商標権を譲り受け,かつG社の出願の障害になっている他人の登録商標との問題を解消する必要があります。

 

H社ないしT社が先に使用していてもG社の商標登録が優先するのか。

商標法上,「先使用権」というものが認められています。これが認められれば,仮にG社から商標権の行使を受けても,反論をすることができます。

しかし,先使用権が認められるためには,そのG社による商標登録出願の日前からその商標を継続して使用し続けていることに加えて,その商標が需要者に広く知られている必要があり,さらに,このことは裁判所で主張・立証しなければ認められないという点で,高いハードルがあります。

先使用権は,著作権のように自然発生的に生じる権利ではなく,また特許法における先使用権のように,先に実施していれば良いという程度のものでもありませんので,H社ないしT社に先使用権が認められるかは,H社ないしT社の使用がどの程度であるかに拠ると考えられます。

 

G社の商標登録を取り消すことはできないのか。

前述のとおり,商標法には,「異議申立」という手段が設けられており,商標登録が妥当でない場合には,事後的に登録を取り消す制度が設けられています。

現在,G社の商標登録に対しては異議申立が提起されており,今後の審理の動向が注目されます。

この内容は,現時点では開示されていませんが,考えられる異議申立の根拠は,(1) H社の「THE TIRAMISU HERO」又はT社の「ティラミスヒーロー」は,G社の登録の出願日である2017128日時点で,既に需要者に広く知られていたという点(商標法4110号)や,(2) H社の「THE TIRAMISU HERO」が2017128日時点で,外国において広く知られていて,かつG社の出願が悪意でなされたという点(商標法4119号)などに基づいているものと考えられます。

異議申立が認められれば,G社の商標登録は取り消しとなりますが,認められなかった場合には商標登録は有効ということになります。

これに対しては,さらに「無効審判」を請求して,商標登録を無効にすることを求めることができます。

 

⑥S社が申し出ている「使用権」とは何か。

文言を見る限り,S社が譲り渡すことを申し出ているのは「商標権」ではないようです。つまり,ライセンス契約を結び,ロゴ商標の使用を認めますと申し出ているのだと考えられます。ただ,前述のとおり,商標権者はG社ですので,形式的には許諾を与える立場にありません。

仮にS社が許諾を与える権限を有している場合であっても,商標権者はG社であることには変わりがなく,H社はG社から商標の使用を認めてもらっているという立場になります。

この条件で合意がなされる場合,前記の異議申立は,続行する理由がなくなりますので,取り下げるということになると考えられます。

 

2.著作権法上の論点

今回,G社が登録をしたロゴ商標は,特徴的な字体で描いた「THE TIRAMISU HERO」の文字と,その文字の上に仰向けで寝そべった猫の図柄とが結合してできています。

著作物とは,「思想又は感情を創作的に表現したもの」を言いますので,商標は,原則として著作物とはならないというのが現在の実務ですが,著作物について商標登録を受けることができないという訳ではありません。

このロゴは,ほぼ同一と見られるロゴがT社のウェブサイトに掲載されていることからしますと,ロゴを作成したのはT社あるいはH社であると推測できます。

このロゴは,絵画的であって,それ自体が創作的な表現であると言い得るものと思われますので,著作物と認められる余地があると思われます。

そうすると,絵画の著作物をG社が複製したということになり,理論上,著作権侵害の問題が浮上する可能性があります。

なお,前述のとおり,「ティラミスヒーロー」という言葉自体は,思想又は感情を創作的に表現したとまでは言えないと考えられますので,著作物性は認められないと考えられます。

 

3.不正競争防止法上の論点

前記のとおり,T社は,2013年から日本で「ティラミスヒーロー」の表示でティラミス販売等の事業を行っているようです。もしT社の「ティラミスヒーロー」が,広く知られていたという場合には,たとえG社が商標権を有していたとしても,G社が「ティラミスヒーロー」の表示を使用してティラミスの販売等をすることは,不正競争防止法に抵触する可能性が出てきます(不正競争防止法211号)。

過去の不正競争防止法には,商標権を有していれば不正競争防止法違反にはならないとう例外規定がありましたが,現在ではこの規定は廃止されています。

 

【まとめ】

以上のとおり,「ティラミスヒーロー事件」についての論点を整理しました。

ここで重要なのは,商標登録は「先願主義」であるということです。各国で法制は異なりますが,「先願主義」は,日本だけではなく世界中で採用されている原則です。事業を行うに当たって,各国の法制に即して,商標登録をいち早く行うことは,世界のどこであっても重要なことです。

H社は,この件を受けてか,20181026日付で,本国であるシンガポールでも「THE TIRAMISU HERO」の商標登録出願を行っています。

新規事業は,軌道に乗せることに注力しがちですが,話題になってきた(軌道に乗ってきた)頃に商標の問題で事業が低迷するという例は,枚挙に暇がありません。

本件は,商標登録の重要性を示す,リーディングケースとなると思われます。

 

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