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子ども用椅子「トリップ・トラップ」最高裁判決(2026年4月24日)

2026-05-07

子ども用椅子「トリップ・トラップ」最高裁判決(2026年4月24日)

 本件最高裁判決は、北欧デザインの代表的製品として知られる子ども用椅子「トリップ・トラップ」の形状が、著作権法上の「美術の著作物」に該当するかが争われた訴訟において、著作物性を否定したものです。

原告であるオプスヴィック社およびストッケ社は、本製品の独特な形状には創作者の美的表現が具現化されており、単なる工業製品を超えた著作物として保護されるべきであると主張し、類似形状の椅子を販売する被告に対して著作権侵害を理由に損害賠償および販売差止めを求めました。

訴訟では、一審の東京地方裁判所、二審の知的財産高等裁判所、そして最高裁判所に至るまで、一貫して「著作物性」の有無が中心的な争点となりました。各審はいずれも、本件椅子の形状は著作権法が保護する美術的表現には当たらないと判断し、最終的に最高裁判所が上告を棄却したことで、著作権の成立を否定する判断が確定しました。

最高裁は、実用品であっても美術的表現として独立して評価できる場合には著作権法による保護が及び得るとしつつも、本件椅子の形状は、いずれも子ども用椅子としての機能を実現するための必然的な構成にとどまり、機能から切り離して美術的表現として把握することはできないと判断しました。特徴とされる脚部の形状や座面・足置き板の配置などは、いずれも安全性や成長への対応といった機能目的から導かれるものであり、独立した造形表現とは評価できないと結論づけています。

 

本判決の意義は、単に本件製品の著作物性を否定した点にとどまりません。最高裁が、応用美術に関する著作物性の判断基準として「機能に由来する形状と、美術的表現として独立した形状を観念上分離できるか」という基準を明確に示したのは初めてであり、今後の実用品デザインに関する著作権判断に大きな指針を与えるものです。これにより、家具や生活用品などの量産実用品について、著作権法による保護が認められる範囲が明確化され、企業やデザイナーが採るべき知財戦略にも直接的な影響を及ぼします。

 

さらに、本判決は、意匠法と著作権法の役割分担を明確にした点でも重要です。実用品のデザイン保護は本来、登録制度を採る意匠法が中心的役割を担うべきであり、著作権法による長期かつ強力な保護を広く認めることは、製品開発の自由や市場競争を不当に制限するおそれがあることを示しました。最高裁は、産業界への影響にも配慮しつつ、著作権保護の範囲を適切に限定する判断を示したといえます。

以上のとおり、本判決は、実用品デザインに対する著作権法の適用範囲を整理し、機能美を中心とするプロダクトデザインについては、意匠法など他の制度による保護を基本とするべきであるという方向性を明確にしました。今後のデザイン保護の在り方を考える上で、極めて重要な判断となるものです。

 

なお尾島裁判官の補足意見がありますので、その内容などについても付言します。

【補足意見】
1:「司法による芸術判断」の拒絶と客観性の追求
法廷意見が「美的鑑賞」という言葉をあえて排除した背景には、司法の謙虚な姿勢があります。裁判官が個人の主観で「これは芸術だ」と判断することは法的安定性を欠くため、感性ではなく、機能と表現を「観念的に分離できるか」という客観的な指標に軸足を移すべきだと説いています。


2:国際基準への「安易な同調」への警鐘
欧米での保護実績を絶対視せず、日本独自の法体系を尊重する姿勢を鮮明にしました。米国の分離可能性の法理や欧州の重畳的保護は、各国の歴史や産業政策の産物です。グローバルな特性を理解しつつも、日本の意匠法との整合性を最優先すべきという、主体的な知財政策の重要性を強調しています。


3:意匠法制度の「形骸化」を防ぐ防波堤
無審査・長期間の「著作権」が実用品に安易に認められれば、審査を経て短期間守られる「意匠権」の存在意義が失われかねません。産業発展に寄与する意匠法システムを崩壊させないよう、著作権の安易な拡大を抑制し、両制度の適切な棲み分けを図るための論理的な体系を築こうとしています。


4:未来へ託された「解釈のアップデート」
尾島裁判官は、今回示した基準が抽象的であることを自ら認めています。これは司法が一度に全ての正解を出すのではなく、実際のデザイン現場やビジネスの実態に即した裁判例を積み重ねることで、時代に即した「生きた基準」へと研ぎ澄ませていくべきだと指摘しています。

 

 

 

 

 

 

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