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近時の裁判例:意匠権の存続期間内における不正競争防止法2条1項1号の適用可否と損害賠償額推定の覆滅事由

2026-08-28

令和7(ネ)10087 令和8年6月24日 知的財産高等裁判所判決)

1:事案の概要と問題の所在
本件は、意匠権の存続期間内にある登録意匠の形態に関し、権利者(被控訴人)が「意匠権侵害」と「不正競争防止法(以下、不競法)2条1項1号(商品等表示の不正競争)」違反を選択的に主張し、差止めや巨額の損害賠償を求めた事案です。訴訟における主な争点は、大きく分けて以下の2点となりました。
⑴:意匠権の存続期間中における不競法2条1項1号の適用の可否
意匠権の独占状態によって獲得・維持された周知性を根拠に、不競法による保護を重畳的に認めることが許されるのか。
⑵:不競法5条2項の損害賠償額の推定覆滅事由
いわゆる「混同を生ずるおそれの程度」が、侵害者利益の推定を覆滅する(減額する)事由に該当するのか。

2:裁判所の判断
⑴:意匠権の存続期間中の不競法適用の可否について

裁判所は、意匠権の存続期間中に権利者が登録意匠と同一又は類似の意匠を独占的に利用することができるのは当然の法効果であると判示しました。
その上で、期間内に不競法2条1項1号の保護を受けることにより、結果として登録意匠と同一・類似の意匠を独占的に利用し得ることになるとしても、それが意匠の保護制度の趣旨に反するわけではないとして、被告側の主張を排斥しました。
⑵: 不競法5条2項の推定覆滅事由について
裁判所は、不競法5条2項の趣旨(被侵害者の損害立証の負担軽減)に鑑み、同項による推定を覆滅する事由は以下の4点に限られるべきであるとしました。
①:市場の非同一性
②:市場における競合品の存在
③:侵害者の営業努力
④:被侵害者の商品と侵害品の形態以外の特徴等の事情
したがって、「他人の商品等と混同を生ずるおそれの程度」は覆滅事由に該当しないと判示しました。また、被告らが主張した「EMS機能の独自の顧客吸引力」についても、それを認めるに足りる的確な証拠がないとして排斥しています。

3:併用肯定説の理論的根拠(判決の立場)
裁判所が採用した「併用肯定説」は、知的財産権法体系の整合性の観点から次のように説明されます。

⑴:保護法益・要件次元の異質性
意匠法は新規性・創作性のある工業デザインの登録による独占を保護する一方、不競法2条1項1号は現実の市場における出所識別機能(周知性)という事実的成果を保護します。両者は要件次元が異なるため、同一の時空間であっても重畳的適用の余地があります。
⑵:存続期間中の整合性
排他権が正当に及ぶ「存続期間内」の事象にとどまる限り、不競法の要件を満たすことで保護が並行して働くことは、論理的矛盾を生じません。

4:反対見解:意匠権・不競法3号の潜脱と「周知性」獲得の不当性
本判決のような無制限な併用肯定に対しては、知的財産法学界から強い反対見解(制限論・否定論)も主張されています。
⑴:不競法3号の「3年」制限および意匠権の期間制限の形骸化
不競法3号(形態模倣行為規制)は、デッドコピー規制の保護期間を「最初に販売された日から3年」に限定しています。
これは、工業デザインの模倣規制を短期に留めるべきという明確な立法決断です。3年経過後や意匠権の存続期間内であっても1号の周知性を根拠に同一形態を保護し続けられるとすれば、「短期で切れるはずの形態模倣規制が、事実上無期限に延長される」という法体系上の矛盾が生じます。
⑵:意匠の独占性ゆえに獲得された「周知性」の評価
意匠権の存続期間中、競合不在の状況下で獲得・維持された「周知性」は、純粋な市場の自生的信用というよりも、「意匠の独占排他権ゆえに競合他社が市場から排除された結果としての副次的成果」にすぎない側面があります。これを根拠に1号の保護を肯定することは、独占の既得権益の不当な温存につながるという批判があります
⑶:制限解釈の要請
形態模倣について短期制限や意匠権の限界を設けた立法趣旨を没却しないよう、「形態が実質的に3号の対象である以上、1号の適用は3号の期間制限や意匠権の存続期間によって限界付けられるべきである」という制限解釈の構築が指摘されています。

5:損害賠償額推定の覆滅事由に関する議論
不競法5条2項の推定を覆滅する「特段の事情」の範囲については、学説および実務上で対立が見られます。
⑴:覆滅事由肯定説(寄与度考慮説)
不競法1号の保護根拠は混同行為による顧客吸引力の奪取にあるため、混同のおそれの程度が低い場合や機能・価格が購入動機の大部分を占める場合には、侵害者利益のすべてが当該表示に由来するとはいえず、因果関係が減殺されるべきである(「混同のおそれの程度」や「寄与度」は考慮されるべき)とする立場。
⑵:覆滅事由否定説(裁判所支持説)
「混同を生ずるおそれの程度」は要件充足性の判断段階で考慮されるべき事項
であり、要件充足が認められた後にさらに損害額の推定まで覆滅・減額させることは、5条2項が意図した立証負担軽減の趣旨を没却させるという立場。概念的抽象度が高いため裁判官の恣意的な減額を招くおそれがある点も、否定説の論拠となっています

6:本判決の法的射程
⑴:意匠権と不競法(商品等表示)の併用適用

「意匠権の存続期間中であっても周知性を獲得していれば不競法2条1項1号の保護が並行して働く」という判断は、意匠権を有するすべての製品の模倣トラブル一般に及びます。これにより権利者が二重の盾で自社デザインを防衛する実務上の基準が明確になりました。
⑵:損害賠償額推定(不競法5条2項)の制限
「『混同を生ずるおそれの程度』は覆滅事由に該当しない」という判示は、不正競争防止法違反を問うすべての知財訴訟に強い拘束力を持ちます。被告側が主張しがちな抽象的な事情を理由にした損害額の減額を容易に認めない姿勢が示されました。

7:実務への示唆
本判決は、意匠権者がデザインの模倣に対して「意匠権」と「不正競争防止法」の双方で対抗することを裏付ける先例となりました。
また、不競法5条2項の損害賠償額推定において「混同のおそれの程度」が覆滅事由から除外されたことにより、類似品認定がなされた場合の巨額の財務的リスクが容易には回避できないことが示されています。
模倣品を製造・販売する事業者側にとっては、形式的な仕様変更や後付けの機能抗弁に頼るのではなく、市場における周知性の獲得状況や既存の知的財産権を網羅した、徹底的な調査を行うことがこれまで以上に不可欠であると言えます。

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